2007年3月6日火曜日

バイブルスタディー!

私たちは、ヒューストンのDairy Ashford Methodist Churchで隔週土曜日の午前中、バイブルスタディーをしています。興味のあるかたは気軽にお越しください。

2007年3月4日日曜日

ペリカン


米国テキサス州の南の端っこ、メキシコまであとわずかという場所に、サウス・パドレ・アイランドという島があります。春休みには学生で賑わうこの街も、季節外れの冬はとても静かで、退職した老夫婦や北部の寒さを逃れてきた人々が静かに新しい年を迎える場所になっていました。
このサウス・パドレ・アイランドにペリカンがいました。
ペリカンも寒さを逃れて飛んできたのでしょう。
来し方行く末を考えるにふさわしい環境です。

旧約聖書の中の伝道者の書には、こうあります。
「天の下では何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。」

2007年3月3日土曜日

価値のあるもの

毎日、郵便箱を確認するとき、何かいい知らせがきているかも、と思う事はありませんか?
ヒューストンの我が家でも、郵便箱に郵便を取りにいくときは、そんな気分になる事もありますが、ジャンクメールという無差別にばらまかれた広告が半数以上入っています。何かが当たりましたというようなトリッキーな広告もあります。よく読んでいったり、連絡をすると、何かを買う必要があるという事が分かってくるのです。
すばらしい贈り物が突然送られてくるなんて、待っていてはいけないのです。

でもひとつだけ例外があるように思います。
聖書の中で、イエス様は「私の父の家には住まいがたくさんあって、あなた方のために場所を備えに行く」と言われました。そしてさらに、「場所を備えたら、あなた方を迎えに来る」といわれているのです。
一気にすばらしい家に住める事になる。そんなことがあるのでしょうか。あるとしてもどのようにすればそんなことが可能なのでしょう。
イエス様は聖書の中で、それに答えて言われます。「私が道である」
キリスト教では、イエス様自身が道だと言うことですが、分かったようで分からない表現ですね。空港に行くと、「動く歩道」というものがあって、それに乗れば、自分の飛行機に乗るゲートの近くまですっと早く行くことが出来ます。イエス様が道だと言われたのもそんな感じではないでしょうか。とにかくイエス様に寄り添っていけばいいということです。イエス様の備えてくださる家を得るには、どんなことがあっても教会に行かなければならないと規定するのいではなく、また毎日早く起きて聖書を読まなければならない、人に対して、腹を立ててはいけないというようなものではなく、クリスチャンとしてまず寄り添うことが大切なのです。これこそが、キリスト教のよいところなのではないでしょうか。普通「よいものを得るには、xxをする必要がある」というのが世の常識ですが、イエス様に感謝し、イエス様に寄り添う、イエス様との関わりの中からよいものが作られていくのです。

クリスチャンとして歩むという事について、これから、少しづつ皆様とともに考えていきたいと思います。