2009年5月11日月曜日

とわにさんざめく 合唱


「さくら」というタイトルの歌には、よい歌がたくさんある。森山直太郎、こぶくろなど、、、日本人にとって、さくらというのは霊感が湧き出る対象なのだろう。

私は森山直太郎の歌が一番好きであるが、最近Youtubeでその合唱バージョンを聞いて、合唱のすばらしさに改めて感動した。

まず音のハーモニーの美しさ。
不協和音ではないが、半音違う声をハーモニーさせるだけで、そこからかもし出される音の空間は、まさに異次元の世界である。そしてそれが次の瞬間には違う音となり、ダイナミックな重さのないダンスが展開される。

さらに、合唱とメロディーとのダイナミックな関係。
たいていは控えめに、曲に厚さを与える役割を演じているが、時にメロディーを超えた大きな展開をして合唱の存在をアピールする。これがまた太陽の黒点のプロミネンスのようで、味わいがある。
シャーロット チャーチという歌手がクリスマスの賛美歌を集めたCDがあったのを思い出す。
その中で彼女は合唱がメロディーを歌う中で、自らメロディーを越えて自由に歌う絶妙な賛美を展開していた。

そして、歌詞も、上質だ。「輝ける君の未来を願う本当の言葉」が「今なら言えるだろうか」と自問しているのである。本当のものを求めるこの謙虚さ、、、本当のものはどこにあるのか。 私たちはやはり本当のモノを求めたい。

聖書にこんなことばがある。
「私が道であり、真理であり、命なのです」
真理というもの、ほんとうのもの、永遠に変わらないものは、イエスキリストにこそあると言っているのである。


いずれにせよ、この合唱は音の世界と、言葉の世界があいまって、未来への希望、神の世界をかもし出している。合唱版「桜」は、迷える子羊を導く羊飼いの笛よろしく、私たちをさんざめく日差しをあびる、清き牧場に導いてくれるのである。

ぜひお試しあれ。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

えーと、私は「桜」と言う歌は私にはちょっと古いです。だけど、いい曲だと思います。それで、この曲はほんとうの人の気持ちによるっと思います。 ありがとう。ありがとう。ありがとう。小さな小さな空からいつも見守っています。