2009年7月25日土曜日

走法

走るときに発見したことを素人なりにご紹介します。

1、体のそれぞれの部分は助け合える。
  走っていると、疲労がたまってきます。しかし疲労は体全体から来てているとは限りません。足のひざだけが痛いとき、かかとが痛いとき、腿が痛いとき、あるいは呼吸が苦しいときなど、それぞれの体の部分で負荷が大きくなりすぎるとアラームが上がってくるのです。ですから、そういうときは休ませてあげることが必要ですが、全体的には休む必要のないこともあるのです。たとえば左足のかかとが痛いときは、左足のかかとに負荷がかかるような走り方をやめて、右足でカバーするように走るのです。あるいはふくらはぎが痛いときは、ふくらはぎに負担がかかりすぎているので、大腿筋をもう少し使って走るようにフォームを変えてみるのです。あるいは土踏まずの辺りが傷んできたら、親指の拇指球でしっかりと着地するように心がけるのです。これらにより、それぞれの部分の過剰な付加は解消されます。
体の部分はお互いに独立していて、助け合うことができるのです。
私たちの身体はまことにすばらしい組織をもっているのです。


2、デザインされたとおりにお使いください
  マラソンの一流選手の走りを見ていると、すべるように走っていることに驚かされます。この優雅さは何か地上のものでないものを彷彿とさせます。素人はなかなかそうは走れません。しかしそのように心がけることはできるし、またそれによりかかとなどを保護することにもなるのです。

走っているときのかかとは着地するとき、体重の3倍の衝撃力を受けているといいます。またひざにも大きな負荷がかかります。足を痛めやすいのは当然です。ではそれを防ぐためにどうしたらよいでしょうか。
すべるような走法を身につけることはこのような負荷を最小限に抑える有効な方法だといえます。

すべるように走るには、大腿筋、大臀筋を最大限に使って、ストライドを大きくとり、そして足を高く上げすぎないように、お尻から足を動かすのです。体の上下動を最小限に抑えることにより、衝撃力を少なくでき、しかもスピードを上げられます。ただしストライドを大きくとりすぎると、呼吸もその分苦しくなりますので、適度なストライドにするのがよいでしょう。

体はそれぞれの部分を有効に使って動かすように作られているのです。一部分に負担をかけすぎない走り方というのはそのもともとのデザインにあった走り方になるのです。体のデザインにあった走り方をすると、きれいに見えます。
人間の体はうまく作られています。

2009年7月6日月曜日

ウインブルドン男子決勝2009

2009年7月5日、英国ウインブルドンにて、全英オープンテニストーナメントの男子決勝戦が行われ、ロジャーフェデラーがアンディーロディックに競り勝ちました。
第5セットまでもつれこみ、タイブレークなしのその第5セットもそれぞれがサービスゲームをキープして譲らず、結局第5セットを16-14でフェデラーがとり、優勝となりました。
試合時間は4時間8分でした。

ロディックは持ち前の高速サービスでサービスゲームをキープするだけでなく、リターンでもすばらしい粘りを見せ、随所にスーパーショットを見せてくれました。フェデラーはオールラウンドなうまさに加え、今回はロディックの27本のほぼ倍となる50本のサービスエースを決めるなど、それぞれが自分のレベルを一段上げるすばらしい試合でした。

最後の5セットはまさに集中力をどこまで維持できるかの戦いだったように思います。最後にロディックが目をこするシーンが増え、ミスが少し重なって勝負がつきましたが、それまでのロディックの集中力はとてもすばらしいものでした。フェデラーが試合後のインタビューで「あと数時間は続くかと思った」と言っていました。
4時間もこれだけのレベルの集中力を維持するのは並大抵のことではありません。二人とも疲労困憊の状態だったと思います。その状態で、これだけのプレーを見せられる。そのポイントはミスを続けないということです。フェデラーもたくさんのミスを犯しましたが、それを続けずに立て直せたというところが勝因でしょう。

さらにロディックの言葉が印象的です。「いつかは私の名前がウインブルドンの勝者として記録されることを願っている」と。この上を目指す態度、これが原動力です。ロディックの悔しさがよく伝わってきます。

この試合を通じで、2人の偉大なテニスプレーヤーの生き様を垣間見ることができたように思います。1)上を目指し、目的のために練習はもちろん、食事から睡眠にわたるまで毎日、レベルを上げるべく努力を継続すること、2)そしてミスを恐れることなく、ミスをしたら、直ちに立て直すということ、そんなことを学びました。手に汗握るこの試合を見られたことに感謝します。

2009年7月5日日曜日

イエスは今もともにいてくださる

ポイント オブ グレースというグループの歌に,
"Jesus Will Still Be There"というものがあります。

Things change, plans fail
you look for love for grander scale.
Storms rise, hopes fade
And you place your bet on another day
When the going gets tough
when the ride too rough
when you are just not sure enough

Jesus will still be there
His love will never change
sure as the steady rain
Jesus will still be there
...

そうなのです。
イエスはいつも私たちとともにいてくださるのです。
私たちは一人ではありません。
私たちが、もうどうしようもないというような状況に陥ったときでも、イエスはともにいてくださるのです。
そして私たちに一番必要なもの、愛を与えてくださるのです。
イエスが常に私たちとともにいて、私たちを愛してくださっている。
私たちのためにすべてを投げ捨てて下さろうとしている。
これ以上のことを私たちは望めるでしょうか。

2009年7月3日金曜日

ヨセフー夢見る者ー許すもの

ヨセフという人が聖書にでてきます。ヤコブとラケルの子供ですが、その家庭は大変複雑でありました。
母が4人、しかしヤコブが最も愛したのはラケルであり、その最初の子がヨセフでした。したがってヨセフだけ特別の洋服を作ってもらうなど、溺愛されていたのです。
 しかしヨセフはヨセフで、溺愛されているのをよいことに、兄弟の悪いうわさをみつけては、父に告げ口するということもするようないわゆる「よいこ」だったのです。

 彼はまた夢見るものでもありました。そして自分の見た夢をみなに言いふらします。しかもその夢が周りのものによって自分が礼賛されるという夢でした。当然周りの兄弟からねたまれ、いじめられます。あるとき、とうとうあやうく殺害されかけ、エジプトに奴隷として売りとばされるという羽目に落ちいりました。 

兄弟に嫌われて、売り飛ばされてしまったら、どんな気持ちがするでしょう。
自分の不幸を嘆いても不思議はないでしょう。でも、、、文句は言いません。
主が彼とともにおられ、、主が彼のすることすべてを成功させてくださります。
主はヨセフのゆえにこのエジプト人の家を祝福された。
そこで侍従地長にだんだんとりたてられ、すべてを任されるまでになります。

しかし侍従長の妻の誘惑を受けます
しかしそれを断ったために、強姦未遂の罪で、今度は牢獄に入れられることになるのです。
やっと運が向いてきたと思ったら、悪いことを断ったがために、また奈落の底です。

それでもヨセフは自分をさげすむ意識から自分を守ることができました。
39:21 主はヨセフとともにおられたからです。
そこで、また牢獄の管理を任されることになります。

何年もの牢獄生活の後、王が夢を見て、その説きあかしのために、ようやく外に出されます。
王の夢を説き、それを実行するべくエジプトの司となります。

 カナンの飢饉でヨセフの兄弟はエジプトに食料を買いに行きます。エジプトで総理大臣となっていたヨセフは自分の身分を明かすことなく。きびしくスパイではないかと問い詰めながら、食料を与えます。
兄弟との話の中で、少しづつ兄弟は自分たちのしたことを悔い改めていきます。
そしてとうとうヨセフは自分の身分を打ち明けるとともに、許しを与えるのです。その理由はこれです。

 「あなた方は私に悪を計りましたが、神はそれをよい事のための計らいとなさいました。
それは今日のようにして、多くの人々を生かしておくためです。」

兄たちの悪事を神によって許し、兄のこどもたちを養うことを約束します。
ヨセフは兄弟たちを許します。
ヨセフの兄弟は、謝ります。でも本当に許されたということを実感できません。
本当に悔い改めていなかったからかもしれません。

私たちも似たところがあるのではないでしょうか。
悔い改めはしたつもりになっています。でももしかするとわかっていないかもしれません。

でもそんなわたしたちのために、イエス様は十字架にかかって、死なれたのです。そして「彼らを許してください、彼らは何もわかっていないのです。」(ルカ23:24)といわれました。

神に許された私たちはどう生きますか
悪いことをした人を恨んでいきますか
かかわりを持たないで、一人で生きますか