2009年8月20日木曜日

むなしいもの

「むなしいものに従っていって、むなしいものとなってしまったのか」

旧約聖書にエレミヤという預言者がいます。エレミアは紀元前7世紀にイスラエルの人です。当時のイスラエルは北王国と南王国とに分裂した後、北王国がアッシリアに征服され、南王国もその存在が危うくなっていた時期でした。

このイスラエルに向かって、神が言われたのが冒頭の言葉です。「むなしいものにしたがっていって、むなしいものになってしまったのか」と神は言われます。
「むなしい」ということばは風とか息という意味のことばです。風も息も、ぱっと吹けばそれで無くなってしまうものです。同じ聖書の「伝道者の書」という書の冒頭で、「空の空、すべては空」というくだりがありますが、この「空」ということばは、まさにここで使われている「むなしい」というこのことばと同じです

私たちの生活の中で、「むなしい」ものとは何でしょうか。

いろいろと思いつきますが、お金というのもあるかもしれません。
お金は私たちの生活の中の重要な一部です。しかしさっとなくなってしまうものであることからいえば、、むなしいものといえるでしょう。
ある程度はないと、生活そのものができないことは確かです。ただここで言うある程度というのはかなり主観的なもので、周囲との比較から導かれることが多いのです。
ですから問題は従うか従わないかです。必要であることは必要なのですが、それでも従わないことはできるのです。お金が足りないことをすべての原因にすることや、お金をためることを最高の目標にするということなどはお金に従っていることになるでしょう。

むなしいものの他の例を考えると、「自分たちの勝手な心あるいは感情」はどうでしょう。
私たちの心は、さっと来て、さっと過ぎ去っていきます。
でも私たちはこの心によって行動を起こしたり、起こさなかったりすることがあります。
このような感情に従っていると、私たち自身も、むなしい、一時的なもので終わってしまうのです。

むなしいものではなく、神に従いなさい、というのがここでのメッセージです。
神は、変わりません。そして私たちと個人的な関わりを持ってくれる方です。
神を優先順位の一番において、まずは神とのかかわりを楽しみましょう。

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